青空




「おはよう美里」

「あ、美里おはよー」


叫びとも似つかわしい級友の女子の挨拶が、私に現状を実感させた。
心中は奴らを馬鹿にしているのに、私は満面の笑みで挨拶を返す。





体調を崩しやすい私は、一週間に一、二度しか学校に姿を現さない。
そのためか、私は浮くどころか逆に妙に溶け込まされる存在になっていた。




人とは不思議なもので、日常にある物は気にも留めないくせに、
普段姿を現さない物には、妙に興味を示すものである。

人は、限定ものに弱い。そんなことを、自分の身をもって思い知った。


過去の日常生活では、こんな貴重品扱いをされたことなどないのに、
久しぶりに会う級友は、妙に優しく感じるのだ。





「グラウンド集合だって。一緒に行こうよ」


私と同じ作り物の笑顔を貼り付けた女子に声をかけられ、仕方なしに頷く。



普段からあまり集団行動などというものは好きではなかった。
女子なんて、笑い合っていながら所詮は上辺だけなのだから。



気が済むまで私を引きずりまわした後、案の定私に興味をなくした女子は、
自分の巣に逃げ帰るように、妙に急いで去って行った。

彼女らに対する呆れと、その彼女らについて行った自分に対する呆れとが交差し、
ため息をつく。



特に目的もなく、大体何故ここにいるのかもよく解らずに彷徨っていると、
面倒臭いと言わんばかりの表情の男子が、校舎から流れ出てきた。






「あ、美里だー」

「いつの間に来てたんだよ、お前」


小学校の頃からの馴染みの男友達らが、あっという間に独りだった私を吸収して
いった。久しぶりの空気に、引きつった笑顔で固まっていた頬を緩ませる。







そんな男子の群れが少し退き始め、また浮くように立ち竦んでいた頃だった。


「おはよーございまーす」


不意に耳に入った妙に寝ぼけた声が、私に向けられたものだと分かるのには、
数秒を要した。だが今の時間帯に、"おはよう"という挨拶が適切な相手は
私一人しかいないであろう。



眉間に皺を寄せ振り返り、自らを指差し相手に疑問符を飛ばす。
相手はそんな私を無視し、私の方に真っ直ぐ歩いてきた。





「今日も空が青いですねー」


私の横を通り過ぎるその瞬間、彼は空を仰いでそう呟いた。
間違いなく私に向けられた言葉なのだろうけど、どうもおかしい。





彼は小学生の頃、女子の中で妙に浮いてしまう私の、貴重な相談相手であった。
私が女子よりも男子に心を許すのも、彼の存在があったからである。


だがしかし、彼は中学生になってから私とはあまり口を利かなくなった。
昔は優しく穏やかな人柄であったはずなのに、今ではクラス一のムードメーカー且つ問題児。
変わってしまったのだ。







怪訝な視線で彼の後姿を眺めていた私の肩に、
不意に温かいモノが重く圧し掛かった。




「悪い、あれがあいつのコミュニケーションの取り方でさ。許してやって」


いつの間にか私の身長を遥かに越してしまった、赤ん坊の頃からの
付き合いである修吾が、苦笑しながら私と同じように彼の背中を見つめる。


二日酔いで酔いが冷め切れてない中年男のような覚束ない彼の歩き方に、
思わず固くなっていた頬が緩んだ。




「まぁ、あいつはあいつなりに美里のこと心配してんのよ」


肩を軽くぽんっと叩いた修吾は、私の目を見て一度微笑み頷く。
そして小走りに彼を追って、男子の群れに吸い込まれていった。







人が去り、空っぽになったグラウンドで一人空を見上げる。



確かに今日は、吸い込まれてしまいそうな程に空が青い。
彼はこの空を見た感動を、私にも届けようとしてくれたのだろうか。



その青い空に見守られながら、私はみんなの元へ走った。







END







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