おまえだ




四人は歩いていた。見慣れた商店街と見慣れた青空を背景に、ただ真っ直ぐに平坦な道を。



「なぁ水野、本当にこんな恰好で大丈夫なのかよ?」


角田は羽織っていたチェックのシャツの裾を両手で広げて尋ねる。
そしておまけに自分の左右にいた本郷と結城のラフな格好にも目を向けた。




「大丈夫さ。今日は顔を合わせに行くだけなんだから」


爽やかな笑みを浮かべ、若干胸を張った水野は答える。
小動物のように身を竦ませ震えた結城は、水野のその胸の辺りで視線を彷徨わせた。


「で、でも、本当にいいのかかっかな。水野君の友達ってだ、だけで、働かせても、もらうななんて」


凍った坂道を滑るかのような勢いで、他人にも焦燥感を押しつけるような口調で言った本郷に、
水野は一瞬表情を凍りつかせ、すぐに持ち前の爽やかな笑みを浮かべなおした。



「もちろん。伯父さんは困ってるんだから、むしろ人助けになるくらいさ」


白く整った歯を綺麗に覗かせた水野は、弾んだ調子で歩みを進めていく。


角田は本郷や結城に向けて眉を上げてため息をついてみたが、
二人は震えあがる様に肩を上げただけだった。




「さぁ、ここだ」


綺麗に足を揃えた水野の横顔を、角田は若干忌々しそうにしながらも見つめる。
自信に満ち溢れた艶やかな水野の頬に光が当たる。

結城はそのこぢんまりとした飲食店の看板を、猛獣を見るように遠慮がちに見上げた。


入って、と弾け飛びそうな笑顔を湛えて促した水野に、角田は眉を少し歪んだ八の字にして息を吐き出し、
それでも肩を揺らして店内に入っていく。

その後に表情を固めた本郷、そして今にも泣き出しそうに顔を歪めた結城が続いた。




「やあ、伯父さん」



最後に店内に踏み入れた水野は、後ろ手で扉を閉めながら店内の男性の背中に声をかける。


既に午後二時を過ぎているために客の姿が全くない空っぽの店内は少し薄暗かったが、
水野に似た伯父の笑顔によって、思わず顔を顰めるほどに照らされた。



「あぁ、周平。来てくれたのか」


目を線の如く細くした水野の伯父に、角田は小さなため息をつきながら視線を斜め下へと流す。
結城は小刻みに身体を震えさせていた。



「さ、ここへ座ってくれ」


不手際を前面に押し出したかのようにぎこちなく自分の目の前の椅子を指して笑みを付け加えた伯父に、
水野は爽やかな笑顔を返し、残りの三人を引き連れ椅子に座る。



角田はだるさを全身で表現しながら、本郷は挙動不審なほどに辺りを見回し、
そして結城は滑り落ちそうなほど浅く腰をかけた。




「いやぁ、せっかく来てもらった上に突然の話で悪いんだがね。実は……」




水野の顔から表情が一瞬にして抜け落ち、角田は激しい貧乏揺すりを始めた。












「ふざけんなよ」



荒々しい響きを持った角田の言葉に、水野は肩を強張らせる。
忌々しそうに自分に向けられた角田の目を、彼が直視することはなかった。



「お前が良い仕事あるっつったから行ったのによ」

角田は息巻く。



「そ、そそっ、そうだよっ。ぼ、ぼ僕だって、そうい言われたかから、いい、い今のバイトこ断ったのに」


高速に口を動かした本郷は、遠慮がちにも水野に非難の目を向け口を尖らせる。
結城は泣きそうな表情で深く頭を垂れた。



「お前のせいだよ」


ポケットに手を突っ込みながら、一歩前に迫って来た角田の猟奇的な瞳を目にした水野は、
はっと息をのむ。



「そ、そんな……。僕は悪くない! だって仕方ないことだろ?」


焦ったように震える声で言った水野は、窺うように角田を見る。




「じゃあ、誰が悪いか全員で決めようぜ」


含んだ言い方をした角田は、余裕のある笑みを浮かべた。
水野の表情が一瞬にして引きつる。




「水野が悪いと思う人ー」


どこかふざけた口調で言った角田は、ぐるりと三人の顔をわざとらしく見回す。



本郷は遠慮がちながらも、水野を真っ直ぐに見つめながら手を上げる。
結城は角田と水野の対照的な顔を、恐ろしいものを見るかのように怯えきった目で数回交互に見ると、
震えきった右手をおずおずと小さく上げた。

最後に、含んだ笑みを浮かべた角田が、わざとらしくゆっくりと手を上げた。


水野の顔が一瞬にして凍りつく。



「ちょ、ちょっと待ってくれよ。何で……」


唇を激しく戦かせた水野は、視線を忙しなく左右に泳がせる。


一歩、更に一歩と近づいてくる角田に、水野はかっと目を見開いたまま、
救いを求めるかのように本郷と結城を見る。


瞬間、角田は思い切り水野の肩を押した。
ぐらり、と視界が一気に揺らいで目まぐるしく変わる中で、水野は三人の冷たい瞳を見た。



ちょうど彼の後ろに続いていた階段を、彼の無力な身体が勢いよく転がり落ちていく。

一際鈍い音を聞く直前、結城は固く目を閉じた。
残骸と化した水野を、流し目で見た角田は、階段に背を向ける。




「それで、これからどうする?」







END







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