ずっと隣で
02


「美味しかったー」


部屋に入って、言葉と共に息を吐き出す。
後ろから、くつくつと抑えた笑い声が聞こえてきて、私は唇を尖らせる。



「それは良かった」


未だ笑いを堪えた表情で言った黒崎さんは、親指でベッドの方を指す。笑みを浮かべて、頷いた。



たまにはルームサービスじゃなく、という黒崎さんの提案で、ホテルのフレンチレストランに二人で
食事に行くことにした。無論、その値段には思わず目を逸らしたけれど。

その間、圭はずっと留守番をしていた。





「莉子ー」


縋るような、若干苦しそうな声を上げた圭に、苦笑しながらも近づいていく。
これは、圭が甘えるときに出す声。



「ここ来て」

天使のような笑顔を浮かべた圭は、身体を少し引いて、自分の横を軽く叩く。



「えー」

心にもない文句を口にして、唇を尖らせて圭を見る。



「いーから」


相変わらず甘えた声で言った圭は、私の腕を掴む。
渋々、引き入れられるままにベッドに入る。圭の苦しいほどに熱い体温が、そこにはあった。




「よし」


何がいいのかさっぱり分からなかったけれど、誘われるままに笑顔を浮かべる。
圭の手が、私の頭に優しく触れた。





「風邪うつされるぞ」

低く抑揚のない声が響き、その瞬間僅かに圭が眉を寄せたのが分かった。



「そしたら二人で俺の家で休もうぜ」

満面の笑みを浮かべた圭に、唇を突き出す。私に拒否権はないのだろう。



「変態は嫌われるぞ」

再び、足元より遠くから聞こえてくる低音。不機嫌そうに、圭が身体を勢いよく起こした。




「お前に言われたくねえっつの!」

「こら」


噛みつくように言った圭の腕を軽く叩く。押し殺したような黒崎さんの笑い声がした。
食えない男、というのは彼みたいな人のことを言うのだろう。


悔しそうに眉間に皺を寄せた圭は、倒れこむように私の横に再び身を投げる。





「大丈夫?」

一度起き上がってすっかり顔を青くした圭に尋ねる。



「んー」


身体を動かして私の方に寄り添った圭は、自然に私の腰に腕を回し、肩に顔を埋める。



「ぎゅー」

赤ちゃんのような口調で言った圭は、言葉通りにきつく私を抱き締める。




「圭、熱い……」


彼の肩に顔を埋めて、小さく呟く。あまりにも熱いその体温に、溶かされてしまいそうだった。



そっと、腰に回されていた右手が離れ、私の顎を掴む。熱い唇が、押しつけられる。

ゆっくりと、食べつくすように動く唇。感じている体温よりも、更に熱を持った舌。
お互いの熱を感じ合い、溶け合う。


もぞり、と腰の辺りの手が動いて。Yシャツの隙間から熱い手が入り込んでくる。





「ちょっと……」

焦って唇を離し、腰の辺りを弄る圭の腕を掴む。




「大丈夫。今クロ、ワインに夢中だし」

「なんだ? 圭」


してやったり、と得意げな笑いを含んだ声を飛ばした黒崎さんに、圭が小さく舌打ちをする。




「あ、お気になさらずにー」

皮肉交じりな声で言った圭に、またも抑えた笑い声。



「ばか」



小さく呟いて笑った私に、圭も溶けそうなほど柔らかい笑顔を浮かべる。
そして、ぐっと私の頭を引き寄せて、抱え込むように抱き締める。

静かにゆっくりと、私の頭を圭の手が優しく撫でた。





「莉子の髪ってさぁ」

「ん?」


私の頭を撫で続ける圭を、胸の中から僅かに見上げる。




「緑色だよね」

瞬間、軽快な何かを噴き出す音と共に咳き込む音が聞こえてくる。



「ちょ、黒崎さんっ」


拗ねるような口調で言って僅かに身を起こした私に、
黒崎さんは微塵も謝罪の気持ちの籠らない声で悪い悪い、と繰り返して笑う。



「だって、緑色って……」

口元をその大きな右手で覆った黒崎さんは、尚も笑い続ける。




「よく染める時、緑入れたりとかすんじゃん? そんな感じ」

私に倣って身体を起こした圭が、再び優しい手つきで私の頭を撫でる。無言で、唇を尖らせた。





「圭の髪は……砂漠色っ」


後ろに手をついて身体を起こしたままの圭の明るい茶色の髪を摘み、弄る。



「ぶっ」

再度噴き出した黒崎さんは、可笑しそうに身体を揺らす。



「え、ちょ、ひどくね?」

笑いながら、自分の髪を左手で弄り始める。



「……じゃあ、書店のブックカバー」

つん、とその茶髪を引っ張る。



「俺の髪ってそんなに明るい?」

少し伸びた前髪を引っ張り、それを眺めようと寄り目になる。



「なんか、イメージ?」


その明るい茶色を眺める。



一見染めているようにも見えるけど、生粋の地毛だ。時にこげ茶や金髪が混じっていたりもする。

周りの芸能人の友達がみんな染めているのに対して、圭のこの頭はトレードマーク的なものになって
しまっているから、別の色に染めることもできない、とか。





「イコール、ちゃらいってこと?」

左手で頭をぐしゃっと掻いて苦笑した圭に、笑いを零す。



「テレビでは全然ちゃらく見えないけどね」



圭がバラエティ番組に出ることは少ない。その希少な番組で、いつも彼は無口でクールで。
それでもちょっとした発言が抜けてたりすると、それが逆に受けたり。

それはキャラ作りでも何でもなくて、ただ彼が緊張しているから。


そう、彼はこんなプライベートを送っていて、演技力だって長けているというのに、
丸腰でテレビの前に放りだされると、極度に緊張してしまうのだ。





「普段の俺はちゃらいの?」


眉を寄せて尋ねた圭に、私は声を上げて笑う。圭の"普段"は私が一番よく知っている。
彼が私以外の女の子を見たことがないということだって。



「大丈夫。見た目だけだから」


にっと笑って言った私に、参ったなーと圭は苦笑する。





ねえ、圭。私はいっぱい知ってるよ。圭の良いところ。テレビで他の誰が見てたって分からないこと。
もう一緒にいて、二年以上経つんだもん。




本当は誰より向上心が強くて、勉強家だってこと。年下の女の子が苦手なこと。
知らない大人に突然話しかけられるときょどってしまうこと。
英語は大の得意だけど、数学が極端に苦手なこと。実は音痴なこと。



その全て、私だけが知ってるの。






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