ずっと隣で
04


「寒くない?」

柔らかな椅子に凭れかかった私の顔を、圭が心配そうに覗き込む。



「んー、少し」


映画館はもう秋だというのにお構いなしに冷やされている。
圭が、黙って自分の着ていた上着を脱ぎだした。そして、私の肩にそれを掛ける。



「ありがと」


笑顔を浮かべて言う。ん、と圭も笑顔で頷いた。
私の右隣から、恨みがましそうな視線が送られてきて、ただただ苦笑した。












映画が全て終わり、エンドロールが流れ始める。



「行くか」


小さく私に呼び掛けた圭は、立ち上がりかける。その服の裾を、きゅっと握って引き止めた。
圭が私の方を見る。私は視線で、スクリーンの方を見るように促した。



ゆっくりと、"緒方圭"の名前が流れていく。胸に熱いものが流れ込んだ。

そっと、服を掴んだ指先に、温かい温もりが触れる。顔を横に向け、圭を見つめた。
そっと微笑んで私の手を握った圭の手を、想いを込めて握り返した。









「圭、かっこよかったねー」

目をとろんとさせながら、幸せそうに真菜が言った。廊下は人でごった返している。



「うん」

「やばいくらいかっこよかったよな」


頷いた私に、興奮気味に彰人が言う。


銃を構えたり、人を強く睨みつけたり。何かとそんなシーンの多い映画だった。
大人なラブシーンも、アクションシーンも。全て圭の魅力が最大限に生かされていて。

思わず、言葉を失ってしまうほど。




「あの銃構えた時の目とかねー」


蕩けそうな笑顔を浮かべながら言った真菜に、私は圭の表情を思い浮かべる。
痛いくらいに真っ直ぐな、強い眼差し。



「かっこよすぎだよね」

同じく幸せな気分で、笑顔を浮かべて言う。
あの時の圭の顔を思い出すと、胸が疼くように痺れる。




「なんか神の領域ーって感じ」

苦笑を浮かべながら、彰人は丁度すぐ傍に張られていたポスターの中の圭を見上げて、肩を竦めた。



「確かに。神秘的なくらいかっこいい、みたいなね」

興奮状態のまま言った真菜の向こうでも、同じく圭の映画を見ただろう女の子達が騒いでいた。





「……なんかまるで、俺じゃないみたいな言い方じゃね?」

寂しそうに唇を尖らせた圭が、瞳を潤ませる。子犬のようなその表情に、笑みを浮かべた。



「だって別人だもーん」

あっさりと言ってのけた真菜に、彰人も首を激しく上下に動かして賛同する。



確かに、圭は映像になるとまるで別人のように変わる。


怖いくらいにクールな表情も、頭の血管が切れそうな程怒った表情も、力なく笑う表情も、
悔しそうに歯を食いしばって涙を流す表情も。

全部、生身の圭より激しくて。いつだって、シンクロしてしまう。



あれは魔法の力だ。
こんなに無邪気で少し情けないくらい甘えん坊な圭が、スタッフに囲まれた時に発揮する、特別な力。






エレベータから下りて、すぐに飛び込んできた陽の光に目を細める。
少し小洒落たその通りは、来た時よりも人で溢れていた。


「っていうか、いつも思うけどさ。今大人気の緒方圭がこんな街中歩いてるっていうのに、
みんなよく気付かないよねー」


つまらなそうに唇を突き出した真菜に、確かに、と彰人も頷く。
このカップルは、何だかんだで主従関係にあるような気がする。




「やっぱり、髪の色で結構変わるんじゃない?」


キャップの下、少し出ている真っ黒な髪をつん、と軽く引っ張る。
あぁ、と納得したように真菜が頷いた。



圭の存在は、学校には知れ渡っている。
だから、登下校時に気をつければ後の生活に支障はない。

だがマスコミに騒がれればその分私生活は送りにくくなるし、私の存在が問題になる。


そこで、登下校時にはキャップを、遊びに出かける時にはキャップと
黒髪のウィッグを着用することになっている。

これは一応、黒崎さんからの業務命令的な物でもあるんだけど。




「ってか、今人気ナンバーワンの緒方圭が、こんな所に女連れで自分主演の映画
見に来てるなんて、誰も思わねえだろ」


唇の端を吊り上げて悪戯に笑った彰人に、圭もにっと笑みを返す。

確かに、黒髪で別に目立つ格好をしているわけでもなく、
今大人気のスターの映画を彼女と友達と見に来ている男子高生なんて、ありふれすぎている。




「いーんだよ、普通の俺で。愛する人が受け入れてくれれば、平凡な男でいいの」


第二の太陽は、私の肩を抱き寄せて幸せそうに微笑んだ。



「はいはい」

呆れたように肩を竦めた真菜に、私は小さく笑みを浮かべた。



世界に名が通るほどの大物俳優になったって、誰も目に留めないような平凡すぎる男になったって。
私にとって、圭は圭だ。いつだってどこでだって、変わらない。


色んな圭がいる。ただそれだけ。






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