ずっと隣で
05


「俺ら持ってくから、先席取っといて」


圭が、私と真菜に笑顔を見せる。店員さんの、明るい声が店内に響いた。
小さく頷いて、二人で階段の方へと歩き出す。




「ねえねえ」


先に昇っていた私に、後ろから追うように真菜が声をかけてくる。
何? と階段を昇り終え、振り返る。





「莉子、怖くならないの? あんな大物が自分に夢中だなんて」


空いてる席に向かって、二人で歩きだす。
信じられない事を口にするように言った真菜に、私は小さく笑みを漏らす。



「その質問、何回目?」


からかうように言うと、真菜はだって、と唇を尖らせる。少なくとも、三回は尋ねられているはずだ。




真菜の気持ちは分かる。
ああやって、怖いくらいの圭の力を見せつけられれば、感動と同じだけ不安な気持ちが湧いてくるはずだ。


私だって、圭と一緒にいるようになってすぐの頃は、圭の力を知るほど、
圭の愛を痛いほどに感じるほど、不安になった。押し潰されそうになった。






「今は、怖いというより楽しみかな。圭がこれから、どんどん大きくなってくことが」


椅子に腰をかけながら、笑顔で言う。真菜が呆れた表情をわざと作った。



「"好きこそ物の上手なれ"って言うでしょ? 圭、自分の仕事がすごく好きで、誇り持ってるの。
だからきっと、もっと大きくなれる。それを傍で見守っていけることが、楽しみなの」


微笑んだ私に、真菜も負けた、とでもいうように眉を上げて微笑む。



圭がいつか、世界に向かって大きく羽ばたく時、その輝く瞳を一番傍で見ていられるのが
私だって、そう信じてるから。だから何も怖くない。

無限大の力を持った彼が、これからも無限大の愛を私に注いでくれるはずだから。





「じゃあ、嫌だとか思わないの? 寂しくなったりするんでしょ?」


真菜は、穴が開くほど強く私を見つめる。
心の中まで見透かしてやる、という意志のこもった目に、私は笑みを漏らす。



「思うわけないでしょ。圭は楽しんでやってるんだから」


私の言葉を聞いた瞬間、つまんない、という風に真菜は唇を再び尖らせる。



確かに、まだ圭といるようになって少ししか経っていない頃、圭の愛を信じることができなかった。


圭の周りにはいつも、自分なんかより数十倍も可愛い子たちがいて、
圭を好きな子だって溢れるほどいて。

それでどうして自分なのか、本当に彼が選んだのは自分なのか。そんな疑問ばかりが浮かんできて。
不安の分だけ、会えない時間が苦しかった。


だけど今は違う。




「莉子って、イイ女だけど自信家だよね」


呆れたようにため息をついた真菜は、身体を椅子に凭れさせる。



「そう?」


眉を上げて、苦笑しながら尋ねる。
足音が騒がしいスペースの中に響いて、私は視線を階段の方へと向ける。圭のキャップが見えた。



「何か嬉しそうに見えるのは気のせい?」

不服そうに唇を尖らせた真菜は、私に不快そうな視線を張り付けた。




「何々? 何の話?」


圭が私の顔を、幼い少年のように好奇心旺盛な笑顔を浮かべながら覗きこむ。

うざったそうに顔を顰めた真菜は、猩々蝿を追い払うかのような仕草で手の平をぴらぴらと振った。
真菜の隣に座った彰人が、その仕草を見て苦笑した。



「莉子って、愛されてる自信があるよねって話」



早速ハンバーガーの包みを広げてパンに噛みついた圭に、真菜はドリンクに手を伸ばしながら言う。
確かに、と大きく頷いた彰人に、私は笑い交じりに睨みを飛ばした。



「だって愛されてるもんなー」


私の肩に素早く手を回した圭は、私の頭に頬を擦り寄せる。
顔をあからさまに顰めて見せた真菜に、私は苦笑を返すことしかできなかった。





「っていうか、聞いてよもう!」


音がするほど強く彰人の肩を叩いた真菜に、彰人は怒ることなく呆れた笑みを浮かべて、
はいはいと付き合う。



「圭と伊崎恵那のキスシーンの時、莉子どんな顔して見てるかと思って見たら、
圭の奴莉子の目塞いでキスしてたんだよ? 信じられる? このケダモノ!」


勢いよく捲し立てた真菜に、私はただただ苦笑する。



人気女優の伊崎恵那の演じるヒロインと出会い恋に落ちた圭が、大人なラブシーンを
繰り広げようとしていたまさにその時、そっと隣の空気が動いて。

視界が突然真っ暗になったと思った瞬間には、唇が塞がれていた。


息が苦しくなって悲鳴を上げそうになって、ようやく解放されたと思った瞬間視界に移ったのは、
悪戯に笑った圭の表情。シーンはもう、変わっていた。

否定のしようがない事実だ。




「いーじゃん、別に」

「よくない!」


能天気に言った圭に、真菜が噛みつく。
二つ横の席に座っていたカップルがちらりとこちらを見たけど、それ以上の反応は見せなかった。




「さすが緒方圭さん、やることが違いますね」

にやり、と意味深な笑みを浮かべた彰人は、向かいの圭に身体を寄せる。



「いやいや、君の妄想には敵いませんよ」

にたり、と彰人よりも数倍怪しい笑みを浮かべた圭が、身を乗り出して彰人に顔を近づけた。



「アホか」


苦笑して身体を離した彰人に、勝った、と圭が得意げに笑う。
笑いながら真菜に視線を移すと、真菜も何でもない顔で声を上げて笑ってて。


いつものことだけど、こうやって馬鹿やっていられるのが、すごい幸せだって思った。












駅前、それなりに人の多い空間で、目の前に立つ圭を見つめる。



「んじゃ、行くね」

強く吹いてくる風に、帽子を押さえて言った圭の後ろの時計は、まだ三時を指していた。小さく、頷く。


どこか寂しそうな笑みを浮かべた圭は、私に背中を向けて歩き出した。
小さくため息をついて、私を駅に背を向けようとした。瞬間、腕を強く掴まれ、引き寄せられる。


顔に帽子の影が落とされたと思った直後、温かい温もりが唇に押し付けられた。
掠めた圭の匂いに、そっと目を閉じる。


そっと、唇が離れた。間近にある圭の甘い瞳を見つめる。





「頑張って」

真っ直ぐに圭の瞳を見つめて、そっと囁く。
圭が心の中に抱いている気持ちは、私にだってある。それを伝えたくて。



「うん。行ってきます」

目を細めて笑った圭は、身を翻して駅の中へと消えていった。




彼は仕事を愛している。私は、仕事をする彼を愛している。二人の間に不満なんてない。


だけど真菜が言うとおり。寂しくならないわけがないんだ。






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